第6回 田中章愛さんインタビュー「『学ぶ』より『ハマる』経験を」

LABO  KIDS サロン

 


プログラミング教育のこと、専門家の方にうかがいました。

第6回 インタビュー
「toio」開発者・田中章愛さんに聞く


「プログラミング教育って必要なの?」「家庭でできることってあるの?」家庭での子どもの教育に悩むお母さんやお父さんのかわりに、LABOKIDS編集部が専門家の方々にお話をお聞きする「LABOKIDSサロン」。

第6回は、ロボットトイ「toio(トイオ)」を開発したエンジニア、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの田中章愛(たなか あきちか)さんです。

*toioについては、こちらもご参照ください。
https://labo-kids.com/pages/toio


田中章愛(たなか あきちか)さん

2006年筑波大学大学院修了後、ソニー(株)入社。2013年米国スタンフォード大学訪問研究員を経て、2018年より(株)ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以後SIE)に在籍。ロボットの研究開発やソニーのものづくり・共創スペース「Creative Lounge」などに携わる。2016年よりtoioの新規事業プロジェクトを有志の仲間と提案・事業化し、2019年3月SIEより一般発売。toioは2022年ロボット大賞文部科学大臣賞受賞。


LABOKIDS編集部&ライター金子氏で、リモートにてお話を伺いました。

 

身近にあった、ものづくりの環境


 

編集部:子供のころはどんなお子さんだったんでしょうか?


田中:
祖父が造船所の溶接技師で、日曜大工や工作などにも長けていて、竹馬とか本棚とかいろいろ作ってくれました。近所の竹林から竹をもらってきて教えてもらいながら一緒に作ることも多かったんです。家に祖父の工具はたくさんあったし、母方の実家が材木屋さんで余った端材なんかももらえました。偶然ではありますが、身近にものづくりを教えてくれる人がいて、材料が手に入って、道具もあったというのはありがたかったです。環境が整っていたので、自然とものづくりに親しんでいきました。


編集部:
どんなものをつくっていたのですか?


田中:
小学校の頃はモーターを電池で動かすのが好きで、車とか、ロボット風の工作とか、単純でもとにかく動くものを作っていました。あまりおもちゃを買ってもらえなかったというのもあって、「無いなら自分で作っちゃえ」という感じで。特に夏休みは、モーター工作が定番でした。お年玉を夏まで取っておいて、それをつぎこんでモーターやスイッチなどの部材を買いそろえ、工作に励みました。できた作品は夏休みの自由工作として学校に提出します。クラスに展示されて、先生や同級生の評判になったのもうれしい思い出です。


編集部:
プログラミングもやってたんですか?


田中:
父が地元のソフトウェアの会社でプログラマーのような仕事をしていたので、家に古いBASIC言語が使えるコンピュータがありました。ゲームが作りたくて図書館で借りた本を参考に、ひたすらコードを打ちこんでいました。でもあるとき、本に出ていた「テトリス」の長いプログラムを一生懸命打ちこんだにも関わらず、動かなかったという体験をしました。どこかで一文字ぐらい間違えたんでしょうね。かなりの時間をつぎ込んだのにどこを直しても動かず、個人的には大きな挫折を味わったこともあって、プログラミングにのめりこむところまでは行きませんでした。今考えると昔は機種や会社ごとに微妙に言語仕様が違ったのでそういった見えない落とし穴だったのかもしれません。

その後、中学校の時に父親が仕事にも使うということでMacが家に来ました。当時は「ハイパーカード」という今でいうScratchのようなプログラミング環境のソフトが入っていたので、それでゲームを作りました。雑誌に投稿して採用されたこともあったんですよ。

その頃は電気とメカとプログラムの組み合わせに興味があって、電子工作キットも手ごろに買えるものも出てきた頃だったので、自然と電子工作を組み合わせたロボット作りにハマっていきました。ところが、夏休みの工作で作ったお年玉をつぎ込んだロボットを自由に動かせるように展示していたら机から落ちて壊れるという個人的には大事件があって、ちゃんと作らないとすぐに壊れるというのがショックで、ちゃんと教わって腕を磨かなければという気持ちになりました。

その頃テレビで放映されていたロボコンをテレビで見て憧れる中で高専について知り、エンジニアリングについて早く学べるということもあって地元の高専に行きました。その後ロボット作りへの興味はどんどん深まり、大学でもひたすらロボットを研究していました。


 

「学ぶ」より「ハマる」


  

編集部:田中さんのものづくりのキャリアは、toio誕生に生かされていますか?


田中:
そうですね、「自分が作ったものが動いた」という喜びや達成感は原点・原体験となっています。さらにtoioには「自分が生み出したものがきっけかけになって、もっと楽しい体験に変わる」というコンセプトがあります。私自身も木工から電子工作へ、さらにプログラミングからロボットへと興味が広がり、その都度新しい知識が身につき、発見があったりしました。ひとことでいうなら「ハマる」という体験でしょうか。

同じような体験ができたらいいなと開発した商品がtoioです。教材にも使われたりプログラミング環境など様々な要素は入っていますが、「学ぶために使うというより、ハマってほしい」という気持ちがあります。toioを使ったものづくりを通して「真剣にハマって何かをやり遂げる体験」をしてほしいと思っています。

ハマればもっている知識の質が変化して知恵になります。私自身の体験でいえば、三角関数は授業で習ったときはあまりピンと来ていませんでしたが、その後ロボコンに出るためにアーム型や二足歩行のロボットを作ろうとしたとき、急に必要になりました。サーボモーターを正しく動かそうとしたらこの角度のときにこの位置に来るといった関係性を知らなくちゃならない。失敗すると小遣いで買った高価なサーボモーターを壊してしまう。そういう切羽詰まった気持ちで取り組んだら、何度も間違っていないか計算するし、そうやっているうちに三角関数も正しく理解でき、物理的な意味というか「角度と位置の関係を表してるだけなんだな、でも使うととても便利だな」という感覚が持てるようになりました。知識が知恵に変わった瞬間でした。


編集部:toioは子供がものづくりへの好奇心を抱きやすい商品だと思うのですが、その点はいかがですか?


田中:「作ったものが動いておもしろかった」という体験はシンプルですけど、好奇心を刺激するものだと思います。また、知らないことが知らないことではなく、自分の中で「少しやったことがある」となると、その仕組みに興味を持ち、「モノってどういうふうにできているんだろう」と好奇心が広がります。toioがそういうところにつながればいいなとは思っています。


 

ものづくりの「食わず嫌い」を無くしたい


 CoderDojo(※)で子供たちにプログラミングを教える田中さん
(CoderDojo武蔵小杉Facebookページより)

 

編集部:家庭でお子さんにものづくりやプログラミングを教えたりしてるんですか?


田中:今、10歳と7歳の娘がいますが、自分から教えるみたいなことはしていません。ただ、娘たちが今どんなことに興味があるかに注目して適切なタイミングで一緒に考えたり、調べたりということはしてますね。今はなんでも買えてしまう時代ですけど、その前に「まず自分で作ってみたら」とはよくいっています。そのために以前買ったおもちゃを分解していいよと言ったり、端材などは取っておいて渡せるようにしたりしています(笑)。自分で作ると仕組みがよく理解できますし、「身の周りのものは誰かが作っている」というリスペクトを感じたり、「意外と自分も作ろうと思えば作れる」ということを知ったりしてほしいからです。

昔なら世の中で売っているものを作るなんて発想はなかなかもてなかったと思いますが、今は親の世代ができなかったこと、やってこなかったことが子供たちの間では普通のことになっています。例えば、最近、娘が友達の誕生日に自分でtoio Doでプログラミングしてハッピーバースデーのオリジナルアニメーションとダンスを贈ったりしてました。自分も子どもたちがこんなに簡単にロボットを動かして誰かのためにプログラミングする時代になるとは思いもしませんでした。

もしかしたら今の親世代は子供の頃の経験がない分、プログラミングやロボットに対してハードルが高く感じてしまうかもしれませんし、実際お話しするとお子さんよりも親御さんの方が「やったことないので」と一歩引いてしまっていることもあります。でもワークショップなどで親子でtoioを体験してもらうと、予想以上に簡単なことがわかって自分も一緒に楽しんでいただける親御さんも多いです。

ロボットプログラミングはやってみると楽しい、ということをぜひ知っていただきたいですし、toioを通じてものづくりやプログラミングに対する食わず嫌いを無くせたらという気持ちもありますね。

 

ものづくりはゲームに似ている


 CoderDojo(※)でtoioで遊ぶ子供たち
(CoderDojo武蔵小杉Facebookページより)

 

編集部:昔と今とではものづくりやプログラミングに関する環境がかなり違ってますものね。


田中:自分が子どもの頃のプログラミングは本当にハードルが高くて、雑誌などに載っているコードをひたすら打ちこむ修行のようなものでした。写経に近い感じでしたね(笑)。変な略語も多いのに検索する手段もなく、本を読まないと全然意味がわかりませんでしたし、打ち込む作業から結果が見えるまでともかく時間がかかりました。今はその辺りもハードルはぐっと下がって、できたものはすぐにみんなに見せて、大勢で楽しめる。

プログラミングという行為そのものは本質的には変わっていないと思いますが、昔はその修行のようなプロセスを楽しめないとものづくりにまで至らなかった(笑)。今はプロセスより、誰のためのどういう作品にしようというアイデアや、できたものを楽しむようになっています。結果がでてすぐ改善もできるので作ろうというモチベーションも上がるし、気持ちの維持もしやすい。何かしら自分が作りたいものがあればすぐに始められる。ものづくりのハードルが下がったおかげで手段よりも目的志向で作れるのが、何よりいい時代になったなと感じています。

そうやっていくと、極論すればものづくりにはゲームと同じような楽しさがあると思います。目的やゴールやチャレンジがあって、それをなんとか自分の腕を磨いてクリアする。そうなるともっと難しいものを作ってみたくなる。主人公が自分自身で、自分のスキルが上がって技術も意欲も積み重ねっていく。やればやるほど蓄積が増えて、世代を問わず一生楽しめるところもものづくりの楽しさのひとつですね。こんな感じで、ものづくりにハマって身近な困りごとをゲーム感覚で解決するような人が増えたり、ロボットと仲良くなって使いこなす人が増えたら、これからの社会がより楽しくなるんじゃないかなと思います。toioをはじめ、そういった楽しみに貢献できるものを提供していきたいと考えています。


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CoderDojo…CoderDojo は、7〜17歳を対象とした非営利のプログラミング道場。2011年にアイルランドから始まり、世界では112カ国・2,200以上の道場、日本には215以上の道場がある。
https://coderdojo.jp/