第1回 阿部和広先生インタビュー「親子で楽しくプログラミングを」

プログラミング教育のこと、専門家の方にうかがいました。

第1回 阿部和広先生インタビュー
「親子で楽しくプログラミングを」

「プログラミング教育って必要なの?」「家庭でできることってあるの?」家庭での子どもの教育に悩むお母さんやお父さんのかわりに、LABOKIDS編集部が専門家の方々にお話をお聞きする「LABOKIDSサロン」。

第1回は、文科省の「プログラミング学習に関する調査研究会」の委員も務めた青山学院大学大学院社会情報学研究科特任教授・阿部和広先生です。

 

阿部和広先生

阿部和広 先生(青山学院大学大学院社会情報学研究科特任教授)

20年以上前からプログラミング教育に関わり、米国・MIT(マサチューセッツ工科大学)のメンバーらとともに、子ども向けプログラミングソフトScratch(スクラッチ)を使った創造性を育む教育(クリエイティブ・ラーニング)を提唱。同ソフトの日本での普及に貢献。2015年、文部科学省「プログラミング学習に関する調査研究会」の委員を務め、日本におけるプログラミング教育について提言した。「小学生からはじめるわくわくプログラミング」(日経BP社)他、共著・監修など著作多数。Eテレの番組「Why!?プログラミング」のプログラミング監修も務める。

 

 

LABOKIDS編集部&ライター金子氏で、リモートでお話を伺いました。

 

 

”プログラミング的思考”とは「カレー作り」???

 

編集部:2020年度から小学校におけるプログラミング教育が必修化され、1年が経ちました。そもそもなぜ小学校で必修化されたのでしょうか? 現状はどうでしょうか?

 

阿部:きっかけはアメリカからです。2013年当時のオバマ大統領が「これからはスマホをいじれる人ではなくて、スマホのアプリが作れる人になりましょう」と国民に向けてメッセージを発しました。背景には、デジタル技術をもとにした第4次産業革命に対応できる人材が求められていたことがあります。これに刺激され、日本でも2016年、当時の安倍首相が産業競争力会議で「第4次産業革命の担い手を育成するために2020年度より小学校でプログラミング教育を必修化する」という方針を打ち出しました。

 

編集部:総理大臣の「ツルの一声」で決まったんですか!?

 

阿部:話はそう単純ではありませんでした。なぜなら、小学校は基本的には職業訓練を行うところではないからです。さてどうすればいいか。多くの議論の中で文科省から出てきた考え方が「どんな職業に就くとも必要とされる普遍的な力としての”プログラミング的思考”」です。これを育成することが、必修化の目的とされました。社会の一員になったときに最低限備えていないといけない普遍的な力の育成は、小学校の教育目的に適合するので、これなら問題ない、というわけです。

 

編集部:でも”プログラミング的思考”ってわかりにくい言葉ですね。

 

阿部:確かにそうですね。よくカレー作りに例えて説明されます。つまり、おいしいカレーを作ろうと思ったら、お肉を切る、タマネギを炒める、ジャガイモをゆでる等々いろいろな作業を順番に行う必要があります。ただベストの方法はいきなりは見つかりません。試行錯誤の中から最適な順番を探すことになります。そうすることでおいしいカレーができる。「この『筋道を立てて考える』つまり『論理的に考える』ことが”プログラミング的思考”なんですよ」と。これだったら、「なるほど普遍的な力だ」、とみんな納得する。

さらに文科省はプログラミングの授業地域や学校の実情に応じて各教科の中に位置づけるとしており、プログラミングそのものは教科とはしませんでした。

 

 

 

編集部:文科省の方針を受けた小学校の先生方は、具体的にどう対応されたのでしょうか?

 

阿部:多くの先生方はプログラミングには慣れていません。しかし、国語や算数など教科を教えることにはプロとして習熟しています。そこで、プログラミングも各教科に寄せていこうという発想になりました。

ただ育成するのは”プログラミング的思考”であって、プログラムを作る技術そのものではありません。

例えば、国語で修学旅行の感想を書くのに、ただ文章をだらだら書くのではなく、「いつ」「どこで」「何が起きたか」などを短冊に書き、整理して並べるという授業を行います。「細かな単位に分割してならべ変える」のはまさにプログラミング的思考を養うことですから、目的にかなっています。ただ、コンピュータの使用はそこにありません。アンプラグドが悪いわけでは全くありませんが、違和感を覚える方も多いと思います。

そもそも学習指導要領総則には「プログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせる」とあるのですが、学習指導要領解説の方には、「プログラミング言語を覚えたり、プログラミングの技能を習得したりすることがねらいではない」とあります。現場は混乱するわけです。

 

*アンプラグド…コンピュータを使わないでプログラミング的思考を養う方法の意味で使われている言葉。本来はコンピュータサイエンスアンプラグドと呼ばれ、計算機科学を学ぶ手法だった。

 

 

自ら学ぶ子が育つ、プログラミング教育の効果

 

編集部:一部には先進的な授業をされている先生方もおられますよね?

 

阿部:数年前に私が関わったある小学校では、全学年・全教科でプログラミングを取り入れた授業を先生方自らが開発し、行っていました。その結果として、先生方からは「子どもたちが学習に対して積極的に取り組むようになった」という声が上がりました。プログラミングをやりながら、課題にないことを検証したり、あるいは「こういう考え方もあるんじゃないですか」と先生に提案してくる子が、多く現れたそうです。

学習指導要領では「どのように学ぶか」として、「主体的、対話的で深い学び」という言葉が出てきます。「主体的」というのは、「今までの教室の主人公は先生だったが、これからは子どもたちになる」ということですし、「対話的」というのは「先生から子どもの一方通行ではなくて、子ども同士の対話、子どもから先生への対話、さらには、子どもとコンピュータとの対話」を指します。「深い学び」というのは、「教科書の答えだけではなく、それ以外の答えもあるんじゃないか、ということを考える、あるいは問い自体を発することができるようになる」ということです。「プログラミングを授業で積極的に取り入れてきた学校では、そういう効果が得られているのではないか」ということはいえると思います。

実はこれは意外なことでもなんでもなく、30年以上前からいわれてきたことでした。プログラミング教育そのものの歴史は古く、Scratch(スクラッチ)を開発したMIT(マサチューセッツ工科大学)が研究所を設けて研究するようになったのも1960年代です。プログラミングを通して子どもの創造的思考力を育む研究は当時から一定の成果をあげていたのです。個人的には、今回のプログラミング教育必修化をきっかけにそこで育った子供たちが社会を変えることにつながれば、と期待していました。

 

私自身、アラン・ケイ博士のチームやMITのメンバーと関わるようになったのは2000年始めのことですが、最初は懐疑的でした。しかし、何回かワークショップなどを経験するうちに、特別ではない、どこにでもいる子どもたちがScratchでさまざまな作品を次々と作り出していくことに衝撃を覚えました。そこから「適切な環境を用意すれば子どもは自ら学ぶ」ということ、「大人はそれを阻害してはならない」ということを学びました。

プログラミング教育の表層的、即物的な効果が語られる一方で、その背景を理解して取り入れている学校とそうでない学校の間で違いが生まれているという現実もあります。

また、多忙な校務等の常態化が、先生方の新しい試みへのチャレンジを阻んでいることもあります素晴らしい取り組みをしていた学校でも、理解ある校長先生や主導的な先生が異動すると元に戻りなかなか広がっていかない状況もあります

 

 Scratchの画面。プログラミングすると右の猫を動かすことができる

 

*Scratch(スクラッチ)…世界で最も普及している子ども向けプログラミングソフト。コード(コンピュータへの命令)がブロックにまとめられていて、ブロックを組み合わせることでプログラムが作れる。学校などでもよく使われている。

*アメリカの計算機科学者。1968年に現在使われているパーソナルコンピュータの原型となる「Dynabook」という概念を提唱したことで、「パソコンの父」と呼ばれる。

 

コンピュータとの家庭での付き合い方

 

編集部:教育的効果があるのに、学校でそれだけ格差があったら、「お家でもなんかやったほうがいい」となりませんか?

 

阿部:教育の第一義的な責任は当然家庭にありますから、そういう考えもあるでしょう。ただ、ピアノを家庭に持ち込むことに不安を覚える親御さんは少ないと思いますが、パソコンやタブレットとなると戸惑いがある方も多いと思います。

同じ機械といいながら、後者は高度に対話的であるというところに違いがあります。コンピューターは人間同士の対話を媒介し、時に増幅します。SNSがその典型ですね。そういう性質を大人が理解した上で子どもと一緒に使い方を考えていく必要があります。

しかし、単に禁止しただけでは理解につながりません。まずはお子さんと一緒にやってみてください。そうすれば、「こういうところがおもしろいんだ」、「こういうところはちょっと気を付けないとね」などわかります。そして、それについてお子さんとよく話し合うことが大事だと思います。

ただ「一緒にやる」といっても、例えばScratchなら、子どもはネコの絵が動くだけで楽しいですが、親はそうもいかない。やはり自分が関心を持つことにプログラミングをあてはめていかないと一緒には楽しめないと思います。

ネコを歩かせた次は、自分の困りごとをお子さんに相談するといいと思います。「これ、プログラミングで解決できない?」と。例えば冷蔵庫の残り物から献立を決めてくれるプログラムを一緒に考えてみるとか。

 

 

あらゆるところに学びはあります。だからリアルとバーチャルをつなぎ、まだ答えがわからない問題に取り組むことは非常に重要です。

その意味で、いろいろなセンサーが内蔵されており、無線で通信できるmicro:bitはとても役立つデバイスだと思います。MakeCodeのブロックはScratchと同じ形ですし、Scratchにつなぐこともできます。

「親からの相談事を自分が解決してあげた」と子どもが感じるとき、自己有用感が生じます。「問題を見つける→解決方法を考える→プログラミングで解決する→人の役に立った→次またやってみたくなる」といった好循環が起き、お子さんの創造的思考力の育成に役立つかもしれません

ぜひ家庭でやってみてください。

 

 

編集部:「子どもと一緒におうちでプログラミング」がLABOKIDSのやりたいことでもあります。その点でぜひみなさんのお手伝いができたら、と思いました。本日はありがとうございました。

 

 

次回もお楽しみに!